株式会社稲葉製作所【3421】の現状と今後を第78期有価証券報告書から探る

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企業概要

事業内容とリスク

株式会社稲葉製作所(INABA SEISAKUSHO Co., Ltd.)は、1950年創業の老舗メーカーであり、「やっぱりイナバ、100人乗っても大丈夫」というCMで知られる鋼製物置のトップブランドです。主力は2つのセグメントで構成されています。1つは「鋼製物置セグメント」、もう1つは「オフィス家具セグメント」です。

鋼製物置事業では、家庭用の小型収納庫「アイビーストッカー」や「ナイソー」、ガレージ・倉庫シリーズの「ガレーディア」「タフレージ」など、幅広い製品を展開しています。いずれも堅牢で耐久性に優れ、組み立てやすさや安全性にも定評があります。特にガレージ製品では耐風圧性能を強化した機種が増え、災害リスクへの備えとしても注目されています。

オフィス家具事業では、デスク・チェア・収納家具などを自社で開発・製造。業界で初めて「ノックダウン方式(分解して運搬)」や「天板メラミン化粧板化」などを採用し、ユーザー視点の製品づくりを進めてきました。主力製品は、オフィスデスク「デュエナ」「フレイ」、オフィスチェア「スウィン」「エクセア」などで、デザイン性と機能性の両立を目指しています。

同社の特徴は、国内一貫生産体制にあります。原材料の仕入れから板金、塗装、組立、検品、梱包までをすべて自社で行い、品質とコストのバランスを最適化しています。特に生産ラインの専用機械を自社設計・製作するなど、製造ノウハウを蓄積しており、製品の安定供給と高品質を支えています。

一方で、事業上のリスクも存在します。原材料の高騰や物流費の上昇は収益を圧迫する要因であり、経済情勢や住宅着工数の変動にも影響を受けます。物価上昇の影響で個人消費が伸び悩み、耐久消費財である物置の需要がやや減少傾向にあります。また、オフィス家具市場では価格競争が激しく、大手メーカーとの競合が避けられません。

さらに、特定取引先への依存リスクや製品欠陥に伴うリコールリスクも考えられます。これらに対し、同社は品質管理体制の強化、複数購買による供給安定化、付加価値製品の投入による差別化を進めています。環境対応製品や省エネ製品の開発も進み、持続可能な企業活動を重視する姿勢が見られます。

今までの業績

過去5年間の連結業績をみると、売上高は概ね横ばいで推移しています。2021年7月期の売上高378億円から、2025年7月期には419億円となり、堅調な水準を維持しています。経常利益は一時的に伸びた年度もありましたが、2025年7月期には約22億円とやや減益傾向を示しました。要因としては、原材料価格や物流費の高止まり、物価上昇による消費マインドの冷え込みが挙げられます。

一方、自己資本比率は年々上昇しており、2025年7月期には74.0%と非常に健全な財務体質を維持しています。現金及び現金同等物も約160億円と潤沢であり、無借金経営に近い形で安定したキャッシュフローを確保しています。

配当面では、安定した増配傾向が見られます。1株当たり配当金は、2021年の32円から2025年には42円へ上昇。特別配当を含む年もあり、株主還元姿勢が明確です。配当性向は2025年に54.5%まで上昇し、利益の半分以上を株主に還元する形となっています。この配当性向の上昇は、一時的な減益を配当維持でカバーした結果とも言えます。

鋼製物置部門では、依然として国内トップシェアを誇ります。CM効果やブランド力に加え、堅牢さ・使いやすさの両立が評価されています。オフィス家具部門では、新しい働き方に対応した「サイレントブース」などの製品が好調でしたが、価格競争による利益率の低下が課題として残ります。

また、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みも年々強化されています。特に環境面では、全工場の主要塗装工程を粉体塗装化し、VOC排出の削減に成功。富岡工場では太陽光発電(メガソーラー)を稼働し、脱炭素社会への貢献を進めています。さらに、育児休業取得率向上や女性登用を目標に掲げるなど、人材育成にも注力しています。

全体として、稲葉製作所は「安定成長型企業」といえます。大きな成長こそ緩やかですが、堅実な経営方針により、長期投資家にとって安心感のある配当銘柄としての地位を確立しています。

今後の業績

2026年度以降、同社はさらなる効率化と収益力の改善を目指しています。直近の設備投資では、柏工場・富岡工場・犬山工場の再編を進め、生産体制の最適化を図っています。具体的には、オフィス家具生産を犬山から柏に移し、物置生産の一部を富岡工場に移転することで、首都圏需要への対応力と物流効率を高める計画です。

同社が掲げる2026年7月期の目標値は、売上高428億円、営業利益24億円、経常利益28億円、純利益18億円としています。売上高経常利益率は6.5%を目標とし、収益性の回復を見込んでいます。今後は、設備投資の成果が徐々に表れ、生産効率の改善とコスト削減による利益率の向上が期待されます。

また、社会環境の変化に対応した新製品戦略も進行中です。物置部門では、省エネ基準を満たす新型マルチスペース「コモ・スペース」を2025年に発売。建築物省エネ法に対応し、店舗・事務所など多用途で利用できる新市場を開拓しています。ガレージ製品でも災害対応力を高めた「タフレージ」「フォルタ」シリーズの需要拡大が見込まれます。

一方、リスク面では、引き続き原材料高騰や地政学的リスクが想定されます。特にウクライナ・中東情勢や米中関係の変化が鋼材価格や物流コストに影響を与える可能性があります。また、人口減少による住宅着工数の減少も中長期的な課題です。こうした中で、同社は付加価値型製品の開発と新市場開拓で成長を維持する方針です。

サステナビリティ経営の面でも、気候変動対策や人材多様性の推進を重点課題に掲げています。今後は女性管理職登用や育児支援制度の拡充など、企業文化の刷新を通じてブランドイメージを高める取り組みも期待されます。

総じて、稲葉製作所は「堅実な経営基盤」「安定した財務」「高い株主還元姿勢」を兼ね備えた企業です。短期的な成長よりも長期的な持続性と信頼性を重視する同社の姿勢は、配当重視のFIRE志向投資家にとって非常に魅力的な選択肢といえるでしょう。

業種平均の比較分析

指標比較表

指標項目稲葉製作所金属製品業種平均差異(稲葉-平均)備考
自己資本当期純利益率(ROE,%)3.05.84▲2.84利益率が業界平均を下回る水準
総資産経常利益率(%)5.24.91+0.29総資産に対する収益性は平均をわずかに上回る
売上高営業利益率(%)5.9(推計値)5.67+0.23本業の収益力はほぼ業界平均並み
自己資本比率(%)77.653.11+24.49業界平均を大きく上回る堅実な財務体質
配当性向(%)54.547.34+7.16配当政策はやや高め、安定還元志向
純資産配当率(%)2.4(試算)2.63▲0.23配当利回り水準は平均的

コメント・詳細分析

① 自己資本当期純利益率(ROE)

稲葉製作所のROEは 3.0% と、業種平均の 5.84% に対して 約2.8ポイント低い水準 にあります。
この数字は「自己資本をどれだけ効率的に利益に変えているか」を示す指標であり、投資家の資本収益性を見るうえで最も注目される項目です。

同社が業界平均を下回る要因は、堅実な財務構造と高い自己資本比率にあります。自己資本比率が77.6%と非常に高いため、借入に頼らない安定経営を実現する一方で、レバレッジ効果が働きにくくなり、ROEは自然と低くなります。
つまり、「利益率が低い」というよりも、「安全性を優先する経営構造がROEを押し下げている」と解釈するのが適切です。

長期投資の観点からは、短期的なROEよりも持続的な配当や安定性が重視されます。稲葉製作所のROEは高収益企業のような派手さはないものの、リスクの低い財務構造によって企業価値を長期的に維持している点が評価できます。

② 総資産経常利益率

総資産経常利益率は 5.2% と、業種平均 4.91% をやや上回っています。
この指標は、企業が保有するすべての資産をどれだけ効率的に使って利益を上げているかを示すものです。ROEよりも企業全体の総合的な収益性を測るのに適しています。

稲葉製作所が平均を上回っている背景には、国内一貫生産体制によるコスト削減効果があります。原材料の調達から組立・塗装・出荷まで自社工場内で完結するため、外注コストが抑えられ、生産効率が高いのが特徴です。
また、設備投資を通じた自動化(塗装ロボット導入など)によって固定費を最適化しており、総資産の回転効率を維持しています。

ただし、今後も鋼材や物流コストが高止まりする可能性があり、利益率を維持するためにはさらなる生産ラインの再編や付加価値製品の拡充が求められます。今後、柏・富岡両工場の機能分担が進むことで、より効率的な資産運用が期待されます。

③ 売上高営業利益率

売上高営業利益率は 約5.9%(推計値) と、業界平均の 5.67% とほぼ同水準です。
この指標は本業の収益力を示し、営業活動における採算性を評価するものです。

稲葉製作所の場合、主力の「鋼製物置」は国内トップシェアを誇り、ブランド力によって一定の価格競争力を維持しています。その一方で、オフィス家具事業は価格競争が激しく、利益率が下がりやすい構造です。
しかし、両事業のバランスが取れており、全体としては安定した営業利益率を確保しています。

同社の強みは「製品の堅牢性」「耐久性」「施工のしやすさ」といった定性的な要素にあります。景気変動に左右されにくい住宅関連市場を基盤としており、リピート需要や法人案件によって利益を維持できる点が特徴です。
中期的には、富岡工場の生産能力増強や柏工場の再編効果により、営業利益率の改善が期待されます。

④ 自己資本比率

稲葉製作所の自己資本比率は 77.6% と、業界平均の 53.11%24ポイント以上 上回っています。
この水準は極めて高く、同業他社の中でも際立つ安全性を示しています。自己資本比率が高いほど、外部借入に依存せずに自社の資本で事業を運営できるため、景気後退局面や金融環境の変化に強い経営基盤を有しているといえます。

同社はもともと無借金経営に近い保守的な財務方針を貫いており、設備投資も内部留保を活用して行うスタイルです。これにより、長期的な信用力を確保しつつ、安定した配当を継続できる点が長期投資家にとって魅力的です。

一方で、自己資本が厚すぎることは、資本効率の観点からはややマイナスに働くこともあります。今後は、安定基盤を維持しつつ、戦略的な投資や新分野開拓を通じて「攻めの資本活用」を行うことで、ROE向上につなげる余地があると考えられます。

⑤ 配当性向

配当性向は 54.5% と、業界平均の 47.34% を上回る水準です。
これは、利益の半分以上を株主に還元していることを意味しており、非常に株主還元に積極的な姿勢を示しています。

稲葉製作所は、長期的な利益成長よりも「安定配当」を重視する方針を取っています。景気や原材料価格の変動により一時的に利益が減少しても、配当を維持する傾向が強く、2025年も減益ながら増配を実施しました。
このような配当方針は、安定志向の投資家や配当目的のFIRE層にとって魅力的です。

ただし、配当性向が高い状態が長く続くと、将来の成長投資に回せる内部留保が相対的に減少するリスクもあります。今後は、収益改善により利益総額を増やすことで、高配当を持続可能な形で支えることが重要になります。

⑥ 純資産配当率

純資産配当率(=自己資本に対する配当割合)は 約2.4% と試算され、業界平均 2.63% に対してやや低い水準です。
自己資本が厚いため、配当総額に対して分母が大きくなり、自然と数値が低く出る構造です。裏を返せば、「配当余力に十分なゆとりがある」とも言えます。

稲葉製作所は安定配当型の典型的な企業であり、利益の変動幅が小さいため、急激な増配や減配を行わない傾向にあります。純資産配当率が低めであっても、企業の安全性と継続配当力の高さを示すものとしてポジティブに評価できます。

今後、利益成長とともにROEが上向けば、純資産配当率も改善する可能性があります。特に、柏・富岡両工場の再編による効率化や、ガレージ・倉庫分野の新製品展開が実を結べば、増配余地が広がると見込まれます。

配当方針と今後の展望

現在の配当方針

稲葉製作所は、株主への利益還元を経営の最重要課題の一つと位置づけています。
同社の有価証券報告書によると、「財務体制と経営基盤の強化を図りつつ、安定的な利益還元を行うことを基本方針」としており、業績や事業展開を総合的に考慮したうえで配当額を決定しています。

この方針に基づき、稲葉製作所は年2回(中間配当・期末配当)の剰余金配当を実施しています。
中間配当は取締役会で、期末配当は定時株主総会で決議される仕組みです。2025年7月期においては、中間配当21円・期末配当21円の合計42円を予定しており、安定した配当水準を維持しています。

配当金総額は以下の通りです:

決議日配当形態1株あたり配当額総額(千円)
2025年3月15日中間配当(取締役会決議)21円341,944
2025年10月28日期末配当(株主総会予定)21円336,168

この安定的な配当の背後には、無借金経営に近い強固な財務基盤と、高水準の自己資本比率(約77%)があります。景気変動や原材料費上昇といった外部要因の影響を受けにくい経営体質が、安定配当を可能にしているといえます。

過去の配当推移と背景

過去5年間の配当推移を見ると、稲葉製作所は一貫して配当を増やしてきました。特別配当を含む年もあり、株主還元の姿勢が明確に表れています。

1株あたり配当額(円)内訳(中間・期末)配当総額(百万円)特記事項
2021年7月期3213+19530特別配当6円を実施
2022年7月期2613+13431一時的減益により減配
2023年7月期3613+23599特別配当10円を実施
2024年7月期3716+21609特別配当5円を実施
2025年7月期4221+21678安定配当、増配傾向継続

このデータから分かるように、業績に応じて臨時的な特別配当を行いながら、基本的には「安定+漸増型」の配当方針をとっています。
2022年には一時的に減配が見られましたが、その後は利益水準の回復とともに配当額も上昇し、2025年には過去最高水準となっています。

配当政策の考え方

同社は報告書内で「株主還元は経営における最重要課題の一つ」と明言しており、配当政策は「内部留保とのバランスを取りながら安定的に実施する」としています。

このバランス型の方針は、以下の2つの目的を両立させるためのものです。

  1. 株主への安定した利益還元
    → 継続的な配当を通じて株主の信頼を維持。配当性向は約55%と高く、利益の半分以上を還元しています。
  2. 財務体質の強化と将来投資への備え
    → 内部留保を厚くし、設備更新・自動化投資を自己資金で賄う。富岡工場・柏工場などでの新ライン整備にも対応。

この結果、安定配当と自己資本の厚さの両立を実現しています。
同社が重視しているのは「一時的な高配当」ではなく、「長期的な安定配当による信頼構築」です。

今後の配当方針と見通し

2026年度以降の配当方針について、同社は「業績動向と経営環境を総合的に勘案し、安定的な配当を継続する」との姿勢を示しています。

この方針の背景には、以下のような経営状況と見通しがあります。

1. 安定したキャッシュフローと強固な財務基盤

現預金残高が豊富で、借入金に依存しない経営が続いています。設備投資もすべて内部資金で賄っており、無理のない配当継続が可能な体制です。
財務の安定度が高いため、突発的な景気変動や原材料価格の上昇があっても、配当の大幅減額リスクは低いと考えられます。

2. 生産効率化による利益率改善の余地

柏工場・富岡工場の再編が進み、物流効率や製造コストの削減が期待されています。これが利益率改善に寄与すれば、今後の増配余地が拡大します。

3. ESG・サステナビリティ経営との整合性

同社は環境負荷低減や人材多様性にも配慮した経営を重視しています。配当を安定させることは、長期的な企業価値向上に資するESG方針と整合的です。
そのため、極端な高配当路線に走らず、持続可能な範囲での増配を続ける方針が継続される見込みです。

長期配当投資評価

レーティング評価:

評価コメント

稲葉製作所は、短期的な高利回りよりも「長期的な安定配当と持続性」を重視する投資家に向いた銘柄です。
財務体質が極めて健全で、無理のない範囲での増配・安定配当を長年続けており、FIREや長期配当再投資を志向する投資家にとっては、安心して保有できる“堅実配当株” といえます。
ただし、利回り水準自体は高配当株(4〜5%)ほどではないため、インカム狙いというより「安定+信頼性重視」のポートフォリオに適しています。

したがって、
・配当利回り:平均並み
・配当の持続性:非常に高い
・増配傾向:安定的に継続

この3点から、他の日本株と比較して ★4(堅実かつ長期向けの優良銘柄) と評価するのが妥当です。